トップページ | 2009年1月 »

2008年12月

2008年12月29日 (月)

2部作になった理由

当初ゲバラの人生を全て描くのは不可能とされ『CHEチェ 39歳 別れの手紙』のみで製作する予定だったようですが、「なぜボリビアに行くのか?」が観客が理解しづらいとして「キューバ革命」「ニューヨークでの国連演説」を追加し再構築した為、2部作になりました。

ちなみに本作のプロデューサーであるローラ・ビッグフォードと製作にも参加しているベニチオ・デル・トロはチェ・ゲバラの映画化に興味をもったのはアカデミー賞受賞作『トラフィック』よりも以前のことだったようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月26日 (金)

なぜ「チェ」か?

そして映画のタイトルでもある「チェ」。キューバ人ではなくアルゼンチン人です。

ゲバラは、本名はエルネスト・ラファエル・ゲバラ・デ・ラ・セルナといい、この「チェ」はあだ名です。また、カストロと出会った1955年頃から呼ばれるようになったようです。

アルゼンチン人であるゲバラの口癖、「やあ!」とか「おい!」という掛け声からきており、キューバの民衆達が親しみと敬愛を込め呼ぶようになったのがきっかけと言われています。

ゲバラはキューバ革命軍の従軍医師兼部隊長として参加しますが、初めはキューバ人に煙たがられていたようです。が、彼の人柄と任務に打ち込む真面目さが周囲の人の心を次第に開かせ、「チェ」と呼ばれ慕われるようになりました。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年12月25日 (木)

永遠の革命家、英雄たちの英雄

今なおカリスマ、シンボルとして慕われるエルネスト・チェ・ゲバラ。

ゲバラは処刑される最後の最期まで”最大多数の最大幸福を実現する方法としての社会主義”を世界に浸透させるべく戦いつづけた愛にあふれた「永遠の革命家」でした。

また、どこに行くにも長髪・ヒゲ、ベレー帽に戦闘服のままで、西欧各国や日本など海外を駆けめぐります。国連でもその姿のまま堂々とアメリカの中南米支配を批判し世界中の注目を集めました。(この演説シーンは『CHEチェ 28歳の革命』でのハイライトシーンでもあります。)その姿はファッションアイコンとしても有名です。

当時ハイスクールにいたジョン・レノンは「あの頃世界で一番かっこいいのがエルネスト・チェ・ゲバラだった」と言い、ジョニー・デップはペンダントを身に着け、マラドーナは腕にタトゥーを入れています。そして盟友カストロは「チェほど勇敢な戦士はいない」と讃えています。「英雄たちの英雄」でもあるのです。

弱者のために戦い生き、体制に媚びないその熱い生き様、個性は死してなお現在でも世界中で愛されています。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

ブログオープンしました

『トラフィック』でアカデミー賞を取った、スティーブン・ソダーバーグ監督&ベニチオ・デル・トロ主演コンビによって英雄チェ・ゲバラの半生が描かれた4時間28分の超大作、『CHEチェ 28歳の革命』(1月10日公開)『CHEチェ 39歳 別れの手紙』(1月31日公開)がいよいよベールを脱ぎます。

第一部『CHEチェ 28歳の革命』ではゲバラがフィデル・カストロと出会いキューバ革命を成し遂げるまでが描かれ、そして第二部『39歳 別れの手紙』ではキューバ革命後、世界各地で戦ったのちボリビアへ赴き反政府運動を組織し、壮絶なゲリラ戦の末、処刑されるまでの姿を描きます。

キューバ革命50周年というメモリアルイヤーにふさわしく"20世紀最大のカリスマ"を描いたこの世紀の2部作を本ブログでは、公開を盛り上げるべく情報を更新していきます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

トップページ | 2009年1月 »